3月23日、「ソフトバンクのプロ野球選手が福岡の鍼灸院で鍼治療を受けたところ、鍼が折れて体内に残り、切開手術を行うことになった」というニュースがありました。
この報道によって鍼灸治療に対する不安を持たれる方もいらっしゃると思いますし、私たち鍼灸師も、改めて自分たちの施術を見直して気を引き締めるきっかけとなったと感じています。
鍼が折れる要素とは
鍼が折れてしまう要素はいくつかあります。
長くなりますが見出しと色文字だけでもお読みいただけると幸いです。
①ディスポーザブル(使い捨て)の鍼を使用していなかった
当院も含め今では多くの院が、ディスポ鍼を使用し、毎回新しい物を使用していると思います。ただ、金や銀でできた高価な鍼を使用していて、施術の都度滅菌を行い、複数回にわたって使用している院や、ディスポ鍼でも、もったいないので何回か使用してから廃棄する院もあるようです。
②鍼を打った状態で、身体を動かしてしまった
鍼を打つときはできるだけリラックスして動かないようにする方がよいので施術時に注意を促すのですが、置鍼の状態で体勢を変えたり、鍼を打った時に筋肉の硬結部位に当たった場合に、意図せず筋肉が収縮してしまう場合があります。そうすると、筋肉の収縮によって鍼が体内に引き込まれ、曲がってしまうことがあります。
万が一鍼が引き込まれても、鍼柄という持ち手の部分まで体内に引き込まれることはないので、リラックスした状態で鍼を抜くと折れることなく抜けますが、筋肉が収縮したまま無理に引き抜こうとすると、折れる可能性は上がるかもしれません。
③誤った方法で運動鍼を行った
鍼を打った状態で意図的に施術個所を動かす「運動鍼」という技法があります。
通常は、そんなに深く刺さずに筋肉の表面に接する程度で行うのですが、筋肉に深く刺入した状態で運動を行うと、鍼が曲がる可能性があります。
④体格、筋力に対して、細い鍼を使用してしまった
例えば、顔に打つ鍼は細い鍼が適していますが、臀部や腰部の場合、筋力が強いので、筋肉を狙って打つ場合は、強度がない鍼を使用すると曲がってしまう可能性があります(表皮だけに打つ場合は細くてもかまいません)。スポーツ選手や体格の大きな人は筋力があるので、より注意が必要だと考えます。
⑤通電を行っていた場合、通電に適した鍼を使用しなかった
通電に適した鍼というのは、太さ0.20mm以上の、ステンレス製の鍼のことです(当院では0.24mmのステンレス鍼を使用しています)。
鍼に電極を付けて電気を通す電気鍼は当院でも行っていますが、実は電気を通すときに鍼はわずかに腐食を起こします。腐食を起こす=表面が溶けて鍼が細くなるということですから、通電に適した鍼を使用していない場合は折鍼の可能性が高くなります。
0.18mm以下の細い鍼であったり、ステンレスでなく銀などの腐食を起こしやすい素材の鍼の場合は、折鍼の可能性が高くなります。
また、通電は筋収縮が起こりますので、深く刺して通電すると②のケースが重なりより折鍼しやすくなります。
⑥鍼が粗悪品だった
海外に渡り個人輸入した鍼など、厚生労働省での認可を受けていない品質の低い鍼を使用すると、折鍼の可能性が高くなります(個人輸入していても、厚生労働省の証明を受ければ使用は可能です)。そもそも未認可の鍼は、練習や自身に打つなど、個人的にしか使用できませんので、そのような鍼を使用している院はないと思いますが・・・。
十年以上前の話ですが、免許取りたての頃、トイレに行きたくなったと腰に鍼が刺さったままベッドから降りて立ち上がられた方がいて、肝を冷やしたことがあります。鍼を抜くと曲がってはいたものの、それでも折れてしまうということはありませんでした。十分に説明が行き届いていなかったと猛省した記憶がありますが、そのような極端なケースでも日本で販売されている鍼は普通に使用していればそんな簡単に折れるようにはできていないので、安心していただけたらと思います。
まとめ
車の免許を持っている方が、事故を起こさないように車を運転するのと同じように、鍼灸師の免許を持っている私たちは医療事故を起こさないように施術を行っています。
鍼が折れる要素は複数あり、その一つ一つの要素だけでは鍼が折れることはほとんどないのですが、それでもゼロではありません。そして、複数の要素が重なると、折れてしまう確率は上がってしまいます。
しかし、上記の要素では②以外は鍼灸師側で防ぐことが可能ですし、私たち鍼灸師は、そのゼロではないものを知識、技術、使用する道具(鍼の品質)などを研鑽・精査して、限りなくゼロに近づける努力を行っています。
今回、技術不足からなのか、不注意によってなったものなのか、もしくは細心の注意を払っていたにもかかわらず不運にも起こってしまったのか、はわかりませんが、折鍼事故は起こってしまいました。
冒頭にも記載しましたが、今回の件で鍼灸治療に対する不安を持たれる方もいらっしゃると思いますが、私たちも改めて気を引き締め、これまで以上に安全な施術を行えるよう努力してまいりますので、これまで通り安心して来院していただけると幸いです。